日本の有人宇宙飛行と成るか・・・「H-IIIロケット」
今から丁度1年程前、ネット上でこのような話が注目を集めていました。
『JAXAと三菱重工業が有人飛行も視野に「H-III」ロケットの検討を始めた』
これは、現在の主力ロケットであるH-IIA / H-IIBが基本設計開始から30年になるため。
このまま部分改良を続けていくより、新規開発をした方が多目的化出来るという考えのようです。
それはつまり、有人飛行や大型の探査機を用いた太陽系探査をも行える事を意味します。

これが試案を基に描かれた「H-III」のイメージ図です。
「H-II」シリーズ → 「H-III」となれば、より巨大かつパワフルに・・・・・・と思いきや、
H-IIBと比べると重量は約半分。
静止軌道(GSO)への打ち上げ能力も6割にも満たないものです。
まぁ重量が軽いのは良い事なんだけどねw

H-IIIの1段目に搭載するエンジンはこれまでのLE-7系統から、
H-IIシリーズでは2段目に採用されていたLE-5系統の物をベースに新規製作。
「エキスパンダーブリードサイクル」という燃焼技術を用いる物で、開発コード名は「LE-X」。
H-IIIではこれを3基クラスタリングし、必要な推進力を確保する予定です。
このLE-Xを用いる利点は、噴射される燃料の温度が低い事。
これにより万が一の安全性を高められるという訳です。
クラスタリングする事で、どれか1基が燃焼停止しても他の2基で必要な推進力を得る事が出来るという点も魅力の一つ。

上のイメージ図を見ると、このような固体補助ロケット(SRB-A)が付いていません。
これは有人飛行を行う際の安全性を確保するため。
固体燃料は着火が早く、発射後すぐさま推進力を得る事が出来ますが、
その反面取り扱いが極めて厄介で、およそ1%の確率で故障を起こすと言われています。
その1%は致命的な結末(米 ・ スペースシャトル “チャレンジャー” の爆発事故等)を招きます。
よって、
有人で打ち上げる際はSRB-A無し、
無人での打ち上げはSRB-Aを搭載し可搬能力を引き上げる形での運用が予定されています。
またこのH-IIIには、日本の大型ロケットとして初の「第3段」が登場。
有人飛行時の緊急脱出用、衛星搭載時の運用柔軟化が期待出来ると言います。
ただ通常の静止軌道までの衛星なら、第2段まででも打ち上げ可能。
第3段はあくまで太陽系の惑星探査といった任務に赴く衛星用としての搭載との事。
打ち上げ費用はH-IIAの1機当たり80~120億円から、2~3割ダウンを図ります。
技術的には2020年頃には初飛行出来るとしています。
・・・・・・・・・とタラタラ書いてきて、 一体どれ程ツッコミを入れたくなった事か!www
この元となる記事が掲載されたのは先日一新された「asahi.com」だった訳ですが、
掲載されるや否や、明らかな矛盾点や認識の齟齬を指摘する書き込みがネットに溢れました。
ツッコミの矛先は朝日の記事だったり、そもそものこの「H-III」計画だったりする訳ですが・・・・・・
具体的にどのようなポイントが「?」なのかと言うと、
①有人飛行に使う事が出来る?
②太陽系探査では「はやぶさ」等より、更に大きな探査機も打ち上げられる?
③H-IIシリーズを部分改良するよりも新規開発する方が多目的化が出来る?
④3段式ロケットにすれば、有人飛行時に3段目を失敗時の緊急脱出用に使える?
⑤打ち上げ費用はH-IIAの80億~120億円より2~3割安くなる?
殆ど全てですね・・・ww
では一個一個見ていく事にしましょう。
①有人飛行に使う事が出来る?
これは逆に言うなら、「H-IIAやH-IIBは有人飛行用に使えないのか?」という事。
勿論現在のH-IIA ・ H-IIBは無人の衛星打ち上げ用に特化していますから、そっくりそのまま有人用・・・とはいかないでしょう。
しかしある程度の改良を加えて有人用に “応用” する事は不可能なんでしょうか?
これと関連して、第1段にLE-7系のエンジンを用いないのは有人飛行時の安全性を確保するためとありますが、
LE-7やLE-7Aが用いる「二段燃焼サイクル」ってそんなに危険な代物なんでしょうか?
確かに二段燃焼サイクルを用いたエンジンは、燃焼不安定となると爆発を伴う危険性があります。
この機構を初めて用いて開発されたLE-7では、実際試験中に何度も爆発事故を起こしました。
しかし、失敗を重ねる毎に改良を繰り返した結果、
1999(平成11)年のH-II8号機の打ち上げ失敗を最後に、LE-7 ・ LE-7Aに直接原因が起因するような事故は発生していません。
せっかく技術的に成熟してきたこのエンジンを捨ててまで、新たなエンジンを新開発するメリットはあるのか・・・という事。
またLE-Xが用いようとしているエキスパンダーブリードサイクルというシステムは、
・ 推力の向上が比較的容易
・ ターボポンプの高出力化が可能
・ 燃焼圧向上による効率向上
というメリットがありますが、大推力のエンジンには向かないという欠点があります。
ところがLE-Xが目指すのはLE-7 ・ LE-7Aとほぼ同程度の推力。
こんなエンジンは過去にも例が無く、開発に成功すればそれはそれで良かったねという話になるんですが・・・w
②太陽系探査では「はやぶさ」等より、更に大きな探査機も打ち上げられる?

まぁ「はやぶさ」を打ち上げたのがH-IIシリーズでした・・・・・・と言うならまだ論理的に矛盾はしないですが、
2003(平成15)年に「はやぶさ」を打ち上げたのは「M-V(ミューファイブ)」ロケットです。

これは、JAXAとして統合される前の文部省宇宙科学研究所(ISAS)が打ち上げを行っていたロケット。
純国産の大型固体燃料式ロケットで、
日本のロケットとしての歴史はこちら(固体燃料式)の方が長いんです。
打ち上げ能力は低軌道(LEO)におよそ1.8t。
H-IIAの場合、標準型の202型で低軌道へは10t。
ただし、M-Vで太陽系探査用の探査機(惑星探査機)を打ち上げる場合問題になったのは、可搬能力よりも直径でした。
固体燃料ロケットとしては世界最大級と言ってもM-Vの直径は2.5mしかなく、
これが衛星の大型化を阻む最大の要因でした。
一方H-IIAの直径は4m。

これにより、M-Vより大型の衛星搭載も可能となった訳です。
実際、一昨年には日本初の金星探査機(となる予定だった)「あかつき」をH-IIAで打ち上げています。
その上この際は、余剰能力を使い他に5機の小型衛星も同時に打ち上げました。
「はやぶさ」の後継機となる「はやぶさ2」も、再来年にH-IIAでの打ち上げが予定されています。
以上より、「H-IIIでなければ大型衛星を用いた太陽系探査は困難」といった感じの論調には疑問を呈さざるを得ません。
③H-IIシリーズを部分改良するよりも新規開発する方が多目的化が出来る?
これもどうなんでしょう・・・
「多目的化」という意味では決して間違っている訳ではないと思うのですが・・・・・・
例えば旧ソ連 → ロシアの「ソユーズ」ロケット。

これはロシアの有人宇宙船である「ソユーズ」やISSへの補給船「プログレス」を打ち上げるのに使われる物。
基となっているのは世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた「R-7」というロケットですが、
その開発がスタートしたのは何と1950年代初期!
最早「枯れた」とかそんなレベルの代物ではありませんが、
その基本設計の確かさ ・ 高い安全性から2010年代の今日に至るまで使われています。
※昨年の暮れに軍事衛星を載せたソユーズ2.1bロケットが打ち上げに失敗してるので、何とも書き難かったけどw
H-IIシリーズも、良い具合に「成熟した」 ・ 「枯れた」と言える段階ではないでしょうか。
新規開発が間違いだとは言えませんが、部分改良でも先に進む事は可能だと思います。
④3段式ロケットにすれば、有人飛行時に3段目を失敗時の緊急脱出用に使える?

この記事にして 最大のツッコミポイント がやって参りましたw
この点だけは本当に意味が解りませんwww
一体何が言いたいのか・・・・・・w

有人宇宙船の先端に何か細長い塔のような物が付いてるのを見た事は無いでしょうか?
これは「LES(Launch Escape System)」と言い、文字通り緊急時脱出用の小型ロケットです。
通常有人宇宙船の乗員搭乗モジュールの先端に取り付けられ、モジュール部分のみをロケット本体から脱出させます。
このシステムはアメリカのマーキュリー計画やアポロ計画で用いられた他、
先述のロシアのソユーズにおいても用いられ、ソユーズでは実際に使用された事もあります。
スペースシャトルにはこのようなシステムは無かったものの、
シャトルの後継と目される「オリオン宇宙船」には、再びこの脱出装置が搭載される事が予定されています。

H-IIIも、この記事のTOPに上げた画像のようにLESを用いた脱出システム採用なら良い訳ですが・・・
3段目を利用するというのは笑い話にしかなりませんw
恐らくJAXAも三菱重工も、そんな事は全く考えていないでしょうww
完全に朝日の記者の勘違いだと思われます。
小型の噴射装置を宇宙船の下部に取り付けるタイプの脱出装置も開発されていますが、それは極々小規模な物。
H-IIIが用いるであろう3段目は液体燃料を用います。
液体燃料は固体燃料とは異なり、着火してから必要な推進力を即座に得る事が出来ません。
その意味からも、3段目を脱出用に用いるという考えには無理があります。
ホントにどうしてこんな事を書いたんだろう?ww
⑤打ち上げ費用はH-IIAの80億~120億円より2~3割安くなる?
これはあくまで「打ち上げ費用」であって、「開発費用」を含んでいません。
H-IIAの場合、1996(平成8)年に開発が始まり、H-IIBと合わせた開発費用は1,802億円。
H-IIを範とするH-IIA ・ H-IIBでさえこの費用ですから、新規開発となるH-IIIも同程度、或いはこれ以上が予想されます。
開発費用は量産を続ける事で、所謂「量産効果」によって散らされていく事となります。
この点を考慮すると、
打ち上げ費用のみが2~3割安くなっても、トータルコスト的にはそこまで大差が無いといった事態が想像出来ます。
また追い打ちとなりそうなのが、ここ最近進む急激な円高。
実はH-IIの際も、円高により国際競争力が失われてしまったという苦い経験があります。
それを克服すべくH-IIAは鬼のようなコストダウンを実施した訳ですが・・・・・・
この現状では2~3割の低減は “焼け石に水” といった所かもしれません。

理想を言えば、H-IIIの開発も行いつつH-IIA ・ H-IIBの運用も続け、
H-IIA ・ H-IIBは衛星打ち上げ用、H-IIIは有人飛行専用・・・・・・ぐらいに出来ると良いと思うんです。
思うんですが、実際問題としてJAXAの予算規模を考えると無理があります。
NASAの1/10、ESA(欧州宇宙機関)の1/5です。
財政が悪化の一途を辿る中で、これ以上の予算増額は望むべくもありません。
いつの時代も、宇宙開発といった夢のある分野は “予算との闘い” ですね・・・・・・
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